保護犬と暮らすまで

Nicole

Nicoleは、大阪府羽曳野市西浦にある、
アニマルハーモニー大阪で保護されていた子です。
施設ではマルちゃんとよばれていたそうです。
なぜマルちゃんがそこに保護されていたのかは
施設の方に聞いてもわかりませんでした。
ただ、そこには、たくさんの保護された子たちが生活していました。
そのうちのダックスは当時4頭いましたが、
そのうちの3頭と会わせていただき、Nicoleを迎えることにしました。
Nicoleを家に迎えるまでの、アニマルハーモニーさんへ
伺った経緯も含め知っていただけたらと思います。

グレミーとの出会い

2000年に結婚したnanaとぱぱさん、
結婚してから1年ほどは夫婦二人で生活していました。
ある日ホームセンターに入っていたペットショップで

出会ったその日にはそのまま帰宅しましたが、
やはりどうしても家族になりたい!!と思い
数日後グレミーを我が家の息子として迎えました。

nanaにとっては、初めてお金を出して家族に迎え入れた子でした。

nanaの小さな頃

nanaが生まれた昭和47年当時、
世間で"犬は番犬"として飼われていることが多く
犬は家の外で繋がれて飼われ、

ご飯も人の残り物を与えることが普通でした。
nanaの家では繋いではいないけど、

玄関のたたきのところからは上がってこない、
雑種のゴローがいました。とても賢いやさしい子でした。
(実はこの子雑種とスタンダードダックスの

ミックスだったそうです。このころから
ダックスに縁があったのかも?)

鍵っ子だったnanaにとっては、
玄関を開けるといつも

出迎えてくれるやさしい存在でした。
幼稚園児のころにはどうしても

散歩のリードを自分で持ちたいと、
母にせがんで転んだりもしました。
そんなゴローが中学生のころ虹の橋を渡り、

それからは学校の帰り道に
迷子になっている犬を見つけては、連れて帰り
「飼い主さん探すから、

それまで家においてあげてもらえないか?」
と両親に頼み込み、
「犬が好きではない」という父と
「もう悲しい思いをしたくないという母」
「少しの間だからと」頼みこみ、
気づけば飼い主さんは見つからず、
我が家のかけがえのない子たちになった、雑種のケンクロ

犬との生活の中でトリマーに
なりたいと思う夢を描き
トリミング学校に通い、

そこで出会った先輩から譲り受けた
トイプードルのカキ

子犬から一緒に過ごしたのは、
物心ついてからはカキだけでした。
(nanaより賢かったカキ、父の心をつかむのは早かった)
カキは父になついていたので、

私が嫁いでしまうと夫婦二人の生活になる両親は
カキを手放さず、実家で過ごすことになりました。

グレミーとの出会い

犬との生活が
長かったnanaにとって、
犬のいない生活は

新鮮でしたが、慣れてくると
犬のいる生活が恋しくなった時、

グレミーに出会ったのです。

グレミーと過ごし始めた時
専業主婦だったnanaには

グレミーとの時間は充分にあり、
初めてのミニチュアダックスフンドとの生活、
しつけの仕方をインターネットで検索したり、
神戸や伊丹市の犬の

しつけ方教室に通ったり
いろいろ調べながら、
グレミーとの生活を過ごしていました。
一般社団法人 優良家庭犬普及協会が主催されている
”グッドシチズンテスト”を受けてみたり、
アジリティにチャレンジしてみたり、
犬と遊べる事、学べる事に夢中になりました。
当時住んでいた環境では

グレミーが窮屈かな?と思い
自宅を購入しました。

イザークとの出会い

美原に越してきてから数か月たったある日、
ぱぱさんの知り合いから、

「自分の家で飼ってるダックス引き取ってくれないか?」
とのお話が、、、、

グレミーと仲良くできるなら」
グレミーとの相性次第」
という条件のもとグレミーもつれて知り合いのお宅へ

その子は大きなおうちの
ベランダで飼われていました。
事情があって飼えなくなったとのこと
「仲良くしてくれますように」

と祈るようにグレミーと対面させてみたら、
「nana~俺吠えられてるんだけど~」
と助けは求めるような眼はするものの
喧嘩するような空気がなかったので、
よかった連れて帰れる。

とホッとしました。
連れて帰った子の名前はもともとは

ルフィーという名前でしたが、
イザークという名前に改名しました。

グレミーとイザークの性格

グレミーはどちらかといえば
消極的な性格でわんわん

吠えることもなかったですし、
人からすれば扱いやすい子でした。
nanaは犬らしくボールを追いかけたり
ニコニコ笑って

過ごしてくれたらいいなと思い、
犬らしい犬になってほしくて

しつけ教室に通いだしたのですが、
そこでテンションのあげ方下げ方など

いろいろなことを教えてもらいました。

人懐こく優しいグレミーだったので
どんなワンコとでも
フレンドリーに過ごすこともできましたし、
ドッグカフェでのんびり

お茶をすることもできました。

が、イザークはベランダで
飼育されていたことも原因の一つなのか、
環境が閉鎖すぎたせいで、わんわん吠えれば、
家の中から自分に向けて

「うるさい」と声をかけてもらえたり、
顔を見に来てくれると思ったのか、

とても大きな声で吠える、
バイクや自転車を見ては追いかけ、

鳥をみては追いかける吠える、
トリミングをしようとしても

自分が嫌なことをされると、
本気で噛む、口笛を吹くと

吠える等問題行動も多かったです。

nanaの手はよく傷だらけになったものでした。
苦手なものがいっぱいで、

イザークの事を把握するまでに
ずいぶん時間がかかりました。
それでも何か月か経ったときには、

目つきも優しくなり、
迎えた当時を知っている人からは、
顔つきが優しくなったね

と言ってもらえるようにもなりました。
本来であれば、プロのトレーナーの元で

もっと時間を作って
イザークとの時間も

大切にしたかったのですが、

イザークを迎えてから
一年後に息子が生まれ育児との時間の中で、
イザークとの時間を作り出せずに

日々が過ぎて行ってるのが現実でした。

グレミーとイザークの関係性

グレミーイザークが来た日から
イザークに対して友好的で
きちんとなんでも教えていったのでしょう、
イザークはnanaには唸ることがあっても
グレミーには決して挑んでいくことはなかったし、
水を飲むときも順番をきちんと待っていました。
犬同士のコミュニケーションが

きちんととれていたんだと思います。
グレミーはいろいろなワンコたちと仲良くできる、
それもしつけ教室で様々な

経験をしてきたからだと今は思えます。

犬のいなくなった生活

そんなグレミーも16歳を迎える少し前
虹の橋を渡ってしまいました。
イザークグレミーよりも先に

虹の橋を渡ってしまったのですが
2頭共にnanaが一緒にいるときに旅立ちました。
ワン達を見送ることはとても悲しいですが、

旅立つときに一緒に過ごせていたことが
当時専業主婦ではなかった

nanaにとっては、唯一の救いでした。

美原に越してきてから
生活リズムが少しづつ変わり、
子供も生まれ仕事に出るように

なったnana、
わんこたちとの時間が

減ってきているのも事実でしたが、
グレミーはイザークの教育係を

キチンとしてくれたので、
頼りになる兄でした。
イザークは生まれた息子が泣いていると、

nanaを呼びに来てくれることもありました。

グレミーとイザーク

いなくなってからというもの、
張り合いのない毎日をどうやって
笑顔で過ごせるだろうかと、
家族で旅行に行ったり、
硬式テニスを始めてみたりと、
いろんなことにチャレンジしてみるものの、
これ!!というものになかなか出会えず、

思春期を迎える息子の行動は
気になって仕方がない
母親となっておりました。

アニマルハーモニーに行こうと思ったのは

現在世の中で犬を飼育することの
手段としては、
ペットショップで購入する、
ブリーダーから購入する
など、様々な手段がありますが、
アニマルハーモニーに来た子達の中には、
家族と離れ離れにならざるを

得なかった何かしらの原因があります。
それは、人間がそうしてしまったことが

ほとんどの要因でもあります。

グレミーイザークを見送ったとき、
次に家族になるなら、
愛護センターでと決めていた

パパさんの勧めもあり、
アニマルハーモニーへ伺いました。

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